せっかく好きな仕事につけても、その仕事を嫌いになってしまう理由の一つが「ノルマ」です。
営業で辛いノルマを課せられ、未達成だとペナルティ…怒られたり反省文を書かされる…。

しかもそのノルマが「無謀でえぐい」ことも多いみたいです。
自宅に帰ってもノルマの事で頭がいっぱいで休めず、常にストレスに悩まされる…。

そんなこんなで、厳しいノルマが原因で会社を辞める人は本当に多いです。

 

でも実際、「ノルマがきついので会社を辞めたいです」とも言いにくいですよね。
そもそも、そんな不可能なノルマを課せてくる会社はブラックな事も多いですから、「ノルマが無理なので退職します」と言っても納得してくれることは少ないです。

何なら「こんなノルマもこなせないなら他の会社も無理」だなんてうざいことを言われることも多いです。
そう考えると、上司が納得するような「仕事を辞める理由」「退職の切り出し方」も考えなくてはなりません。

 

そこで今回、実際にノルマがあった会社をうまく退職出来た方にアンケートを取ってみました。

具体的には

  • 退職したいと思ったノルマの体験談
  • 退職理由の言い方・伝え方
  • 辞めると伝えたタイミング
  • 退職届にはどう書いたか
  • 理不尽なノルマがある会社を辞めて良かったと思ったこと

です。

無理なノルマを課す会社に、何を伝えて逃げることができたのか参考になると思います。

 

その後に、

  • 辞めたいといっても会社に辞めさせてもらえない人
  • どうしても自分からは「辞めたいです」と言いづらい人、辞めづらい人
  • 退職拒否や引き止めを、自分一人だと振り切れる自身がない人
  • 今の職場が最悪で、いますぐ逃げたい、即日退職したい人
  • 損害賠償をすると脅されている人
  • 給料や残業代は払えない、有給も使わせないと言われている人

向けに、退職代行サービスというものも紹介します。

今ノルマのある会社に勤めていて、「おかしい」「むかつく」「もう逃げたい」と思ってる方の参考になれば幸いです。

きついノルマで仕事を辞めた体験談:退職理由や言い方、辞めてよかったことなど

※枠内をスクロールしていただくと読めます。

保険会社に勤めていた時のことです。事務職であっても保険契約を月に何件、取らなくてはいけなというノルマがありました。
営業職の人よりも大変です。営業にやって来た業者さんに保険加入をすすめてみたり、友人や知人にお願いしたりしても、そのうち人脈は尽きてしまいます。

何よりも身近な人たちに無理にお願いをするのがとてもイヤでした。

 

しかし、せっかく正社員採用で安定した収入を得ていたこともあり、なかなか辞めようという気持ちにはなれなかったのです。
ノルマを達成できない月は肩身の狭い思いをすることもありましたが、何とか耐えていました。

ところが、ある時、同じ事務職の後輩の方がノルマを達成してしまったのです。
そうすると私の立場がありませんでした。

 

このことをきっかけに退職願を上司に渡したのですが、最初は引き止められたものです。
ノルマを達成できないからという理由では辞められないような気がしたので、一身上の都合ということにしました。

一応、他にやりたい仕事が見つかったということにしたのです。
そのため、すぐには辞めることはできず、一ヶ月間の引き継ぎ期間を経てから退職となりました。

その一ヶ月間は当然、ノルマどころではありませんでしたし、私だけ逃げ出すような気持ちもあってとても複雑な心境でした。

 

でも、辞めてからはとてもすがすがしい気持ちです。
というのも、これでノルマから開放されたからです。

ノルマで悩むこともなくなったので、精神的にも落ち着けるようになりました。
その後はしばらく貯金で生活をし、ゆっくりと転職先を探すことにしました。

 

もちろん今度はノルマのない職場です。
決められた仕事をルーティンで行うような単純な仕事でもいいので、精神的に辛くない仕事を重点的に探すようになりました。

元々、誰かと切磋琢磨して伸びるような人なら、ノルマのある仕事はちょうどいいのかもしれません。
しかし、私のように競争意識が低く、それを負担に感じるような人にはノルマのある仕事は苦痛しかないように思いました。

 

私は以前、化粧品の訪問販売をしていました。
週5日の勤務なのですが基本給プラス訪問先で商品が売れると商品価格の10%がその月の給料に上乗せされるというシステムです。

入社した時はノルマもないと聞いていましたし知り合いからの紹介ということもあって楽しく仕事ができると安心していました。
1か月間の研修期間が終わり、一人でお宅を訪問することになったのですが3か月が経過しても商品が売れることはなかったのです。

 

すると毎日のように嫌味を言われるようになり、さらには1ヶ月で商品を最低でも10品売らなければ基本給を減らすと言われてしまったです。
焦った私は身内頼りになってしまい、祖母や母、妹に商品を買ってもらって今の現状を繋ぎ止めるしかありませんでした。

私はノルマを達成するために訪問件数を増やしたり、片っ端から電話をかけては商品を紹介したのですが商品は売れず、毎月少しづつ減給されてしまいました。
段々と精神的に追い詰められるようになり、自分にはもうこの仕事は向いていないと思ったので退職することを決意したのですがそのことを上司に話すと「ノルマを達成するまで辞めさせない」と言われたのです。

 

その後しばらくは頑張りましたが毎日仕事に行くのが恐怖にも思え、最後には「体調が悪い」と嘘を付いては休むようになりました。
その間も嫌味を言われ続け、もうこのままでは本当に病んでしまうと思ったので退職を願い出ました。

もちろんいい顔はされませんでしたが退職願いにも体調不良で療養に専念したいと書いて強引に提出するしかありませんでした。
退職願を見た上司からノルマをなくすことや営業ではなく事務員として残ってほしいと言われましたが、もうあの会社に残る気持ちはなかったのではっきりとその意志がないことを伝え退職しました。

 

その後、同じ過ちはしたくないと思い会社の見学をさせて頂いたり自分の目で雰囲気を感じて今の職場である介護の仕事に就きました。
今はとても楽しく仕事が出来ています。

 

私はかつて携帯電話の販売ショップで働いていたことがあります。
正社員で週5日出勤していました。

そこに入社して私は侵入社員の研修期間を終え、ショップの窓口に座って携帯電話のセールスを行う業務を行うようになりました。
しばらくの間名札の上に不自然に貼られた「研修中」のバッジが外れた時はかなり嬉しかったことを覚えています。

 

研修期間が終わってからは、大きな悩みが発生しました。私は各種携帯電話機器のよ良さを研究して、頭に入れています。
良さは知っているのですが、それを何も知らないで入って来るお客さんに伝えて買ってもらうということが意外にも難しいのです。

売って儲けをあげないと成り立たない商売です。
社員一人ひとりが契約を取ることに注目されて当然の業界です。

 

そんな中、私が携帯電話を売った台数はあまり多くは状態が続きました。
ノルマは一応は設定されています。

それを下回れば即首を切るとまではいきませんが、使えない社員とみなされるとは想います。
仕事が終わって家に帰ると、食事中、風呂、布団の中と時を選ばずにノルマのことが頭に浮かびます、何とかして早く、それもたくさんの数を売らないといけないという強迫観念に怯える日々が続くようになりました。

 

それに加えて、休みの日でも急に呼び出しをくらうことがあって、休みの日でも安心できなくなりました。
この時にはもしかしたらうつ病にでもなりかけていたのかもしれません。

私はただ仕事をしているのに、心は怯えきった状態の毎日が続くのが精神に良いわけがないと想いました。
そして、ノルマ達成のプレッシャーに耐えきれずに退職することを決意しました。

 

この時には私よりも契約を取った数の多い同期の存在もプレッシャーになっていました。
恐らく上司の方では私の内面は分かったいたと想います。

しかし退職理由でノルマのことは言いませんでした。
多くのことは言いたくないが、とにかっく一身上の都合により辞めさせてもらいたい、その言葉を繰り返すばかりで辞めました。

引き止めには会いませんでした。
できるところまではやったつもりなので、辞めてからの後悔は一切ありません。よかったです。

 

私が働いていたのは全国チェーンの振袖専門店です。
新卒の正社員として入社し、店舗での販売員兼カメラマンをしていました。

入社した会社は、ブライダル貸衣装をしていましたので、ブライダルカメラマンを志望して入社したので、振袖専門店の配属は私にとって踏み台だと思っていました。
入社して3ヶ月ほど先輩について勉強し、その後お客様に着くようになりました。

 

会社からはその頃から店舗ごとの会議で、今月は自分としていくら売り上げるのか、目標を立てさせられます。
それだけなら自己目標としていいのかもしれませんが、その目標は低ければ文句を付けられますし、高く見積もり達成しなければ会議でネチネチと文句を言われます。

また、振袖からブライダルにお客様を回すために友の会契約も勧められていて、それもノルマでした。
タダでさえ高くない振袖を売りつけ、写真を買わせ、友の会に入会させる。私自身はノルマで苦労していることは少なかったですが、同僚が会議で人格否定並にぐちぐち言われていると他人事でもさすがにメンタルがやられていきました。

 

また社長たちは新興宗教をしており、社訓などもそのようなことばかり、精神的に病み出した社員は決まって「神はそういうのを楽にしてくれる」と新興宗教まで誘い出す始末。
私はこんな所いても何もならないと3年で退職しました。

もちろん引き止めにも合いました。社長自ら私の店舗まで来て考え直せと面談されたり、店長との面談は頻繁で、最終的に売り上げが落ちればうちはもっと待遇が悪くなると泣き落とし作戦に出られた時には心の底から絶対辞めてやると思いました。

 

結局、一年かけて退職しました。
退職願には精神的にやられていること、ノルマの関しても社員へのモラハラが酷いこと、サービス残業の多さ、その当時タイムカードが無く、手書きで書かされていたので退勤時間などは残業なしでかけと言われていました。(2~3年前の話です)

そう言ったことを全て書いてやめました。
今は一般企業の営業事務をしていますが、残業代はでるし、ノルマはないし、福利厚生もしっかりしていて、コンプライアンス委員会なども備わっているので安心して仕事出来ています。

 

生命保険の法人営業職でした。
法人営業と言っても、既存のお客様への個人宅への訪問もしておりました。

雇用形態は個人事業主扱いで、年末調整などは自分で税務署に行って手続きを行います。
ノルマは月に一件以上。

 

月に一件取れたとしても給料は手取りで14~5万程度。
月に一件というと大したことはないと感じられるかもしれませんが、営業商品は生命保険です。

生命保険は年一回見直す時期があるかどうかのもので、毎月毎月考え直すお客様に当たることは至難の技でした。
〆切間近になり、今月は厳しそうと諦める月もあれば、やはり親族や友人に頼ってみてそれでも1つは取って来なければという気持ちで毎月仕事をしてました。

 

毎日毎日ロープレやらされて、悪く言えば宗教的な感じだったと思います。
事務職などのOLだったら、仕事が終われば頭を切り替えて家事に専念といった気持ちの切り替えが出来たのかもしれませんが、営業は違います。

家に帰っても、上司への進捗状況の説明や報告はどうしよう、今月はどうしよう、と常に心の中が仕事のことで頭がいっぱいでした。
朝が来ても仕事に行きたくない、ご飯が美味しくない日々が続いて、心身共に苦しかった時に、県外の親からリストラされた話が舞い込んできました。

 

これはチャンスと思い、上司にその旨を伝え、また私自身も仕事が苦しいから辞めたいことを伝えました。
すると上司は「実家に帰ってお金の援助をしたところで何か手助け出来ることがあるの?生活費が一人増えるだけじゃないの。あなたに出来ることはこの仕事でお金を今より稼いで、今の生活から実家の方に仕送りした方が助かるのではないのか」みたいな事を言われました。

正論と言えば正論ですが、私はこの仕事が好きではないし心身共に苦しい、仕事行く前の顔色の悪さ、
仕事に来ても元気が出ないといった状況の中、それを理由に付けて行っているのは覚悟の上ですが、私はどうしても辞めたかったのです。

 

それを半年間言いつづけました。
半年の間に親から援助の話も来ていました。

生活費も苦しく仕事も苦しく限界にきた私が取った行動は、トンズラしました。
県外に逃げる前日に会社の荷物をすべて自分のロッカーに入れ、家の荷物もすでに車にのせこみ、次の日には出社しませんでした。

 

それぐらいきつかったのに、半年以上も辞めさせてはくれませんでした。
私の会社は上司が辞めることを認め、辞める時期を決めてから退職届けを出さなければいけなかったので辞表は会社のロッカーに入れて行きました。

色々電話は来ましたが、やっと会社から解放され、新しい職場に着きました。
憧れていた事務職の仕事です。やっぱり精神的にも全く違いました。

 

仕事終わりに頭を切り替えて飲みに行ったら、家の手伝いをして大好きなテレビが観れて、心の底から、久々に笑えました。
仕事ってこんなに楽なんだって初めて思えました。

あの頃を思い出したくもないですが、やはり社会人として投げ出すことは良くなかったと時々思うことがあります。
それでも心の軽さは別格で、いま仕事がとても楽しいと心から思えています。

 

出産して子供が1歳になった時、保育園へ子供を預けて仕事に出ることにしました。
結婚前に呉服問屋に勤務していた経験があり、その経験を生かしたいと思って呉服販売店へ就職しました。

雇用形態は正社員でした。
結構立派な店舗でしたので、毎日お客さんの接客をするのが仕事だと思っていましたが、実際には営業活動が激しく精神的に大変な仕事でした。

 

「販売員」という求人を見て応募し採用されたのですが、蓋を開けてみるとほとんど営業職でした。
店頭に来店するお客さんは平日は10組ほど、週末に20組ほどでした。

その程度なので、社長とおかみさんで十分対応できました。
私たち従業員は営業で外回りをさせられました。

電話アポイント担当の中年の女性が2名いて、一日中名簿を片手に振袖などの営業の電話をかけていました。
まだ購入していない方や、興味があるという意思を感じ取れた家があると、私たちに連絡が来て営業に行かされました。

また、顧客に対してもルート営業をさせられました。

 

振袖などの新規のお客様についての月額ノルマは300万円に設定され、
ルート営業分は月200万円のノルマでした。

それだけでも非常に大変だったのですが、加えて月2回ホテルの広間を借りての展示会での販売ノルマが100万円。
合計で1ヶ月600万円が私のノルマでした。

 

このノルマを3ヶ月連続で達成すると給料が上がり、逆に3ヶ月連続未達で給料が下がるというシステムでした。
600万円を達成するためには、自分がすすめたいと思っていない着物でも押し付けるように営業しなければならず、心苦しい思いをしました。

また飛び込み営業も必要なので、きつい断られ方をすると心が折れてしまいました。

 

他の従業員も同様だったのですが、未達が2ヶ月続くと、3ヶ月目にはなんとかノルマを達成させるために身内や友人に泣きつくこともありました。
それでも未達になりそうな時には、止むを得ず自分でローンを組んで着物を購入することもありました。

私もローンを2つ組んでしまい、着物は好きだが何のために仕事しているのかわからなくなって退職しました。
退職の理由は私方の母の看病が必要になって、と嘘をつきました。

可能な日だけ出勤するパートにしてもいいと言われましたが、いずれにしても営業ノルマはかかることがわかっていたので断りました。

 

その後、友人が、勤務する会社を退職するので代わりにどう?と誘ってくれて、小さな工場の事務員として就職しました。
ノルマから解放されて、気持ちがすごく楽でした。

年配のおじさんたちが多い工場だったので、みんなとても可愛がってくれて甘やかされました。
何よりも良かったのは、17時にきっちり退社できることでした。

前職ではおろそかになりがちだった夕食の支度もきっちりこなせて夫の喜んでいました。

 

賃貸仲介を主とする不動産会社で営業職として勤めていました。
仕事はとにかく成績ありきで、ノルマは絶対のものでした。

毎月月末が売り上げの締めとなっていますが、その締め日までずっとノルマに追われることになります。
毎日進捗の管理をされるのはまだ良かったですが、月末に数字が足りない時に、人間性を否定されるほど怒られるのは辛かったです。

自分で架空の売り上げを入れるのは日常で、会社もそれを見て見ぬふりをしている風潮がありました。

 

自分に被害が及んでいる間は自業自得で済んでいたのですが、ノルマの為にお客さんに迷惑をかけた時に、もうダメだと思い辞めることを決めました。
私個人だけではなく、会社全体でノルマに達していなかった時があったのですが、その時にたまたま私は大口の案件を抱えていました。

しかし、そのお客様は慎重な方でいくつかの物件を比較しながら検討していたので月内に契約する見込みはありません。
しかも直近で見た物件は値段の割にはそれほど良い物件とも思えず、私もあまり勧めていませんでした。

 

その話を耳にした上司は私に詰め寄り、それから1週間毎日電話をかけさせられました。
相手もお仕事があるので電話に出られないこともあるのですが、それでもお構いなしにかけ続けました。

メールもストーカーのように送り続け、結局根負けしたお客様は締め日ギリギリに投げやりのように契約をしてくれました。
そのお陰で私は英雄のように扱われましたが、最低の仕事をしたことへの後悔が強く、その1週間後には辞めたいと伝えました。

一応理由は実家に帰る必要があるとしましたが、まったく詳細は訊いてこなかったので、止める気はまったくなかったと思われます。
退職届も、テンプレート通りに書いても難なく受理されました。

 

辞めたい気持ちが先行して、辞めた後に再就職先を差探し、不動産とは違う業界に再就職しました。
また営業職ではありましたが、以前のような異常なノルマはなく、仮に目標を達成できない時でもチームで課題を解決しながら次回は達成させるというサイクルにやりがいを感じています。

上司も成績の良し悪しで人を見ることはなく、一人前の人間として認められることが嬉しいです。

 

新卒で正社員として入社したのは国産車の販売ディーラーでした。
入社1年目は覚えることも多かったため、きちんとしたノルマは設けられていなかったのですが、仕事に慣れてきた2年目になると一気にノルマが設けられたのです。

それも、1年目は「月に1台くらい売れば良いよ」と言われていたのになんと急に「5台売ってね」と軽く言われるのです。
先輩からお客様を引き継いでいて売るのならまだしも、私は基本的にショールーム担当で、先輩営業達からお客様の引き継ぎは受けていません。

そのため、ショールームに来る人にしか販売することができず、しかもショールームに来店するお客様も少ない支店だったので商談自体が少なかったのです。
ましてや、点検や車検なんてお客様がいない状態からのスタートですから取れるはずもありません。

 

その状態でもノルマはあり、しかも達成しなければ支店長から呼び出しがあって注意され、朝礼では「まだ〇〇さんが今月は達成していません」と公開処刑をされます。
最初は営業の世界なんて皆そんな感じなのではないかと思い込んで頑張っていたのですが、2年目の後半にあるフォロー研修で同期から驚きの発言をされたのです。

「2年目ってノルマ2台だけど来年から3台になるのかな」と。
同期は5人いるのですが、他の同期も2台のノルマ設定らしく、外回りの子以外は点検や車検のノルマも無いと言われました。

2台と言えば自分のノルマの半分以下です。
他の同期はそんなノルマで褒められているのに何故自分だけがと感じ始めたのです。

 

それからは「もっと良い職場があるのでは?」、「ずっとここに勤められるか」と今後のことを考えるようになり、将来のビジョン見えなかったので思い切って退職希望の旨を伝えました。
理由は「他にしたい仕事を見つけた」です。

辞表には「この度、一身上の都合により」として理由は書かずにテンプレートなものを作成しました。
やはり引き止めはあり「そんなに早くて退職したらもう正社員は無理だよ」と余計なお世話だと思える発言までありました。

 

その後は、ノルマもなく定時退社が基本のコールオペレーター兼事務の仕事に転職しました。
正社員として転職もできたので、やはり引き止めるための発言だったのかなと思います。

人間関係も良好で、プライベートなこと時間も持てますし、何より月末と年度末のプレッシャーがないので楽しく働けています。

(今回は例として正社員の方を紹介しましたが、ほかにも派遣社員や契約社員、中にはパートやアルバイトでもノルマを課せられている方がいました。
またせっかく新卒で新入社員として入社したものの、事前に聞いてないノルマがあって研修中・試用期間中にすぐ辞めてしまった方もいました。

また営業ノルマが多い仕事としては、銀行・保険・アパレルなどが多かったです。
中には郵便局できついノルマを課せられていた方もいました。)

 

いかがでしょうか?
体験談を見ていただくとわかるように、皆さん、しんどいノルマのない職場に転職して、「働くことってこんなに楽だったんだ…」と実感されています。

やはりノルマにも向き・不向きがあるので、自分で向いてない・やりたくない・嫌だと思ったら、無理に続ける必要はありません。
会社は星の数だけありますし、ノルマがなくても給料も高く働きやすい職場なんていくらでもありますからね。

 

仕事を辞める方法は、以下に紹介する記事が参考になると思いますが、もし

  • 自分から退職を切り出せない、
  • 辞めたいといっても強い引き止めに合う
  • 即日退職したい

という場合は、この記事の最後までお進みください。

自分で退職するコツ

退職時のよくあるトラブル解決法

もし自分から退職を切り出せない、強い引き止めに合う、即日退職したいなら…

もし自分で辞めたいと言いづらかったり、すでに退職したいと伝えているのに辞められない場合はぜひ、退職代行サービスというものを使ってみてください。

  • 今この瞬間から、一言も会社の人と話さず退職できる
  • これまで退職を拒否されたことがない
  • 訴えられたこともない
  • 最短で即日退職可能
  • ほとんどの場合は有給も給料ももらえる
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という特徴があります。

 

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詳しくは以下の記事を読んでみてください。

⇒退職代行サービスの仕組み、流れ、値段、法的な問題などについて